近未来の中国を舞台に、国連治安維持局の特殊捜査官が特殊能力を駆使し奮闘する──。狗界ゴウ『緑眼魔女(グリーンアイズ・ウィッチ)の事件簿 テロリズム・イン・チベット』は、セルフ・パブリッシングで作られたラノベ風の作品。女性キャラクターが主人公であり、非現実的な現象の描写がある。異形のものが登場する。自分の書いている小説と方向性がきわめて似ており、これはスパイしないわけにはいかない。
といったわけで、今回は〈敵情視察〉シリーズの第2弾です。
この記事はぎゃふん工房の作品レビューから移植したものです。
読み物としての恐るべき完成度の高さ
まずは、きわめて可読性が高い──つまり読みやすいのに驚く。セルフ・パブリッシングの小説がとりわけ読みにくいというわけではないのだけど、あとがきに「編集者に手を入れてもらった」とあるとおり、「読みやすい」という方向に磨きがかけられているのがわかる。
文章の運びに淀みがなく洗練され、じつにスムーズに読み進めていける。ストーリー展開にも無駄がなく、過不足なくシーンが配置されている。キャラクターの動かし方もじつに的確。
とにかく「欠点」と呼べるものが徹底的に排除されている。その意味で、今まで読んだどのセルフ・パブリッシングの小説より完成度は高い。
登場キャラクターたちは特殊な能力を使う。この部分の描写は、ひょっとするとラノベとしては手垢のついたものかもしれないが、個人的には、この手のジャンルを読み慣れていないので、むしろ新鮮さを感じた。
近未来の中国が舞台というのも、作品のたたずまいを独特なものにしており、魅力のひとつだ。
完成度が高いゆえの読者のわがまま
まったく詰まることなく、最後まで一気に読ませてくれる。それはとても評価すべきなのだけど、それゆえに物足りなさを感じてしまうのも事実。といっても、これはたんなる読者のわがままというやつで、作品の欠点とは次元が異なる。
それは、もう少し“ウエット感”がほしかったかな、ということ。
主人公がその特殊能力ゆえに置かれたみずからの境遇、自分が救おうとしている少女に対する憐憫などといったものにもう少し行数を割いてもよかったのではないか、とも思う。といっても、そういったものがまったく描かれていないわけではなく、検討のすえに現状のバランスになっているのだと想像もできる。あとは好みの問題で、個人的には多少バランスを欠いても、そのあたりをじっくりねっとり描いてもよかったのかな、というのが一読者としての勝手な意見だ。
また、近未来の中国が舞台で、その雰囲気も堪能はできるのだけど、どうしても主戦場が秘密基地みたいな場所になってしまうので、もう少し異境の地ならではの描写があってもよかった。もちろん、これも好みの問題ではあるが。
そして、これは小説本編の完成度が高いからこそだが、表紙のイラストが良質なだけに、タイトル文字の稚拙さがやはり気になってしまう。中身のほうも粗削りであれば、これでもいいのかもしれないが、「セルフ・パブリッシング」の良くない部分がここに現れている感じがして、少し寂しい。ついでにいえば、中の見出しの体裁にも配慮がほしかった。もちろん、細かいことが気になるのは、内容にケチのつけようがないことの裏返しでもある。
特設サイトも開設
著書のブログでは、セルフ・パブリッシングに至るまでの道のりが綴られ、非常に参考になる。また、作品の特設サイトも作られていたりして、こういう取り組みは“ライバル”としては見すごせない(できれば、作品世界を深められるよう、もう少しコンテンツを充実させてほしいところではある)。
『緑眼魔女(グリーンアイズ・ウィッチ)の事件簿 テロリズム・イン・チベット』特設サイト
[2024年1月10日追記]現在は閉鎖されてしまったようです。
特設サイトまであるということは、続編も作られるということかな? 今後も注目していきたい。
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