自分の書いている小説『天使の街』に似ているセルフ・パブリッシングの作品を“敵情視察”するシリーズ。今回は、皮算積人さんの『子連れ中年っ!』です。
以前の“敵情視察”でも取り上げた『魔法中年っ!』の続編。女子高生の日常の世界を描きながら、ガールズ・ラブ要素があり、非現実的な描写も入る。『天使の街』にきわめて近い作品ですので、しっかり“スパイ”しなければいけません。
この記事はぎゃふん工房の作品レビューから移植したものです。
あくまで地に足のついた日常描写にこだわりを見せる
今回は、前作で魔法によって美少女の姿になった中年男が、なぜか幼女を預かることになるというお話。
自分は美少女で、魔法使いで、しかも幼女が……という設定なので、いくらでも“ムフフ”な展開に持っていくことが可能なはずです。しかし、前作同様、主人公はきわめて常識人で、インモラルな方向には走らず、(中年男が少女に化けているというただ1点を除き)日常的なシーンが展開してきます。「悪魔」は出てきますが、べつに大量殺戮をするとか、破壊の限りを尽くす、ということはしません。
地に足のついた物語が展開することによって得られるのは、作品としての安定感。作者のひとりよがりで話が進み、読者がおいてきぼりになる、などといった哀しいことは起こらず、きちんとキャラクターに感情移入しながら、ストーリーの行く末を見守ることができます。主人公は、見た目は少女でも中身は“おっさん”なので、その行動や感情にも大いに共感できるのです。
では、魔法もバトルも登場しない、日常風景がダラダラ続くだけの退屈な作品なのか?
ただ作者がみずからの世界観に浸りたいだけの、それこそ読者不在の小説であったなら、そうなっていたでしょう。
しかし本作は、読者の胸を躍らせる、いくつかの工夫が施されていました。それを分析してみましょう。
作品にしかけられた3つの工夫
【1】ゲームの描写でダイナミズムを確保
主人公は、前作で仲よくなった女友達とオンラインゲームをプレイしています。魔法の応酬によるバトルの描写は(あまり)ありませんが、その代わり、ゲームの戦闘シーンで爽快感を味わうことができます。
【2】ちょっとだけミステリー要素を加味
主人公に課せられた使命は、「聖少女」と呼ばれる存在を探り当てること。これがミステリーでいう「フーダニット(真犯人は誰か?)」になり、物語を牽引していきます。ラストには、ちょっとだけどんでん返しもあったりして、小気味よいカタルシスを得ることができます。
【3】〈愛〉とは何かの哲学的考察の機会を提供
主人公といっしょに行動している女友達は、主人公に想いを寄せています。しかも、魔法の力で美少女の姿になっている中年男であることも知っているのです。そうすると、「見た目と中身、どっちを好きになっているのか」という、古典的でありながら、しかし永久に答えの出せないテーマが底流に流れています。
さらに今回は、子どもを引き取って面倒を見なければいけないのです。
自分にとって、幼女はどういう存在なのか? そして子どもにとって主人公は? そこに生まれるのはどんな想いなのか……?
いわゆる「ラノベ」を装いながら、深い哲学的な考察を余儀なくされる。自分も小説を書いている身だから、しばしば立ち止まり、そして考え込んでしまう。自分にとっては「ライト」ではなく「ヘビー」な作品に思えてくるのでした。
もちろん、そうは言ってもあくまで「ラノベ」ですので、理屈をこねる小難しい作品ではなく、肩ひじ張らずに楽しめる小説であるのは間違いありません。
次回作への期待
〈魔法中年〉シリーズは、最初に述べたように、「魔法を使って世界を救う」話ではなく、日常描写に重きを置いた小説なので、いくらでも続編が作れるタイプの作品です(「シリーズ」をうたっているから、続編出ますよね?)。
ところが、前述のように、高度な哲学的テーマを盛り込んでしまったために、続編はこれをさらに推し進めた作品にしなければなりません。もちろん、このテーマを深めた作品でなくても成立はしますし、満足する読者もいるでしょう。でも、それはある種の誤魔化しになってしまう気がします。
もちろん、だからこそ、次回作ではどんな新境地を見せてくるのか。そこが楽しみでもあるわけです。
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