マヒルは、私立麗宝学園高等部の3年生。ヤヨイさんの友だちです。っていうより、ヤヨイが想いを寄せている相手、それがこのマヒルなのです。
ん? ってことは、友だちというより、恋人同士? という疑いもありますが、真相はよくわかりません。
とにかく、容姿端麗で、スタイル抜群。勉強も運動も得意のスーパー女子高生。しかも、ガールズ・バンドのボーカルまでやっている。ヤヨイやハルカだけでなく、もう学校中の憧れの的ってわけです。
───わあああ。
またしても、女たちの悲鳴。でも、今度はくぐもった歓声といった感じ。
「やば。しくじった」
「なに?」
「マヒルのバンドが演奏を始めたんですよ」
「マヒルって……心霊研究クラブの部長の?」
「そういうこと。やつはバンドとかスポーツとかなんでもできるんだ。先生も行こ」
バンドか……。
私は音楽は嫌いじゃないけど、ライブ会場とか、人いきれが苦手。部屋でひとりで聴くのならいいんだけれど……。
「私は、ちょっと用事が……」
「ダメっ! 先生は見なくちゃ」
ヤヨイはそう言いながら、私の手を引っぱって歩きはじめた。足がもつれそうになりながらついていく。生徒がフレンドリーに接してくれるのは嬉しいけど、なんか教師としての威厳がないなあ、これじゃ……。
ヤヨイがめざしているのは音楽室のようだ。教室が近づくにつれ、音が大きくなってくる。ベースの低音が廊下まで漏れていた。
──うわ……なんかうるさそう。
マヒル、ごめん。悪気はないんだ。ただ騒がしいのが苦手なだけ。
ヤヨイが、防音構造になっている分厚い扉を開くと、教室から流れ出てくる音の津波におしながされそうになった。
「先生、早く入って!」ヤヨイが私の背中に手を置き、強引に部屋におしこむ。
音楽室は生徒たちでいっぱいだった。息苦しい。部屋中が少女たちの熱気と大音量の音で満たされ、飽和状態になっている。
自分の長身が幸いし、生徒たちの頭越しに演奏しているコたちの姿が見えた。
──あ! あれは……。 バンドの中央で、ギターを手にしながら、マイクに向かって歌う少女。
──ナツミ!? ……じゃなくて、ナツミに似た少女……。
坂道で会ったあの生徒だ!
その少女の歌声は、マイクを通して増幅されている。けれども、気迫のようなものは直に伝わってきた。体の芯まで響いてきた。
外見だけでなく、もちろん性格もいい。友だちや後輩、誰に対しても優しい。でも、これは人によっては欠点になるのかも。たとえば、ヤヨイにとっては……。
「マヒル、大丈夫?」
背後から声がした。
振りかえるとヤヨイが立っていた。いつになく暗い表情をしている。
まさか、私が撃つのを見ていた?
「大丈夫?」
「うん。ハルカたちは?」
「あっちで待ってる」
「そう。じゃあ、もう平気って言ってくる」
マヒルが駆けだした。
ヤヨイは動かない。私のほうを見ていた。いや、睨んでいた──と私は感じた。
「……なに?」
「マヒルは、素敵な女の子ですよね?」
「……うん」
「あいつは、みんなに対して優しいんです」
これまでのヤヨイのイメージから想像できないほど重い口調だった。
「友だちにも、先輩にも、学校の先生に対しても……」
「……そうだね」
「だから……」
「……?」
「ウチが見守ってあげなくちゃいけないんです。心があちこちに向かないように……」
そう言ってヤヨイは踵を返した。
マヒルが走りさったほうへ早足で歩きだした。
私はそのうしろ姿を見送った。
そのあとを追うことはできなかった。
〈テンシ〉と呼ばれるバケモノに翻弄されながら、少女たちの想いが交錯する──。
『天使の街』はそんな物語なのです。
麗宝学園の人たちに聞いてみよう
──マヒルさんのことをよく知る人にお話を聞こうと思ったのですが、誰にご登場いただくのがいいのか迷ってしまいました。
マヨ それで、全員呼んだってわけね。
──みなさん、お忙しいところ、すみません。さっそくですが、マヒルさんはどんな女の子なのか、教えてください。
ハルカ ……。
サキ ……。
ヤヨイ ……。
マヨ おい、みんなどうした?
ヤヨイ いやあ、先生を差し置いて、ウチらが話をしていいのかなあ……。
──ここでは自由にお話してくださって結構ですよ。じゃあ、年齢順にお聞きしますか?
マヨ ってことは私か……えっと、マヒルはナツミに似てたんだよね。
ヤヨイ 先生の昔の恋人。
サキ ひゅう〜♪
マヨ そういうのいいから……でも、ふたりの性格はまったくちがってて、ナツミはお堅い感じだけど、マヒルはもっとやわらかいというか、エネルギッシュなんだけど穏やかなんだよね。
サキ そうですねぇ。ボクたち後輩のことも気遣ってくれますし、雲の上の人なんだけど、お高くとまっているわけじゃないので、話しかけやすいですよねぇ。
──ヤヨイさんはどう思いますか?
ヤヨイ うん。あいつが怒ったとこはウチも見たことない……でも、あいつは小さいころからけっこう苦労していて、だから心が強くなったんだと思う。
「マヨセンセイって、お堅い人だと思ってた」
「……?」
「でも、愛にあふれている人だと思った」
「……どうして?」
「センセイ、さっき涙を流してたでしょ?」
顔が一瞬にして熱くなった。やっぱり見られてた!? 「涙ってね、愛があるから流れるんだよ。愛がなければ泣いたりしない」
なんとなくうさん臭い言葉かもしれない。突拍子もないことをマヒルは言っているのかもしれない。
でも、そのときの私の心にすうっと沁みこんでいった。
「あたしもずっと泣いてばかりだった。なんでこんなに哀しいんだろうって、ずっと考えてた」
「なにか辛いことでもあったの?」
「いや……人は哀しいとか辛いから泣くんじゃない。愛を感じているから泣くんだってわかったんだ」
ヤヨイ ハルカは? おまえもなにかあるだろ?
ハルカ あの、その、マヒルさんのことは、なんかうまく話せなくて、言葉にするのが難しいっていうか……。
サキ センパイ、緊張しないでくださいよぉ。
ヤヨイ 緊張するなって言われたら、よけいに緊張するだろ。
マヨ まあ、とにかく、マヒルの悪い評判は聞いたことないね。私が知らないだけかもしれないけど。
ハルカ はい。先輩も後輩も、この学校でマヒルさんの悪口を言う人はいません!
──ほんとにこの場にお越しいただけないのが残念……あ、これは失礼しました……。
マヨ 気にするな。このコたちは、気持ちの整理はついているから。もちろん、私もね。