テンシ

あなたの見た幽霊はテンシかもしれない……

マヒル

この小説のタイトルにもなっている「テンシ」ですが、いったいなんなのでしょう? 「天使」ではなく、あくまで「テンシ」なのでしょうか?

ことの発端は、マヨ先生が女子大生時代に訪れた岐阜県・郡上八幡です。そこに「宗祇水(そうぎすい)」という水の流れる祠がありました。

わき水に静かに片手を浸け、水をすくうと、それをナツミの頭に振りかけた。
「えいっ」
「ひいっ」
ナツミが驚きのあまり悲鳴を放った。立ちあがって、急いで私から離れる。頭をかきむしるようにして、水を払おうとしている。
「ごほ、ごほ、ごほ、ごほ」
ナツミがむせて、苦しみはじめた。私はナツミに近づき背中をさすった。
「ごめん。そんなにびっくりするなんて……」
セキはおさまったけど、まだ苦しそうに胸をおさえている。
「……この水って……毒なの?」
ナツミがふうっと、大きく息を吐いた。少し落ちつきを取りもどしたようだ。
「水はなんでもない……髪が濡れるのが……」
「髪……?」 ナツミはなにかの病気なのだろうか。アレルギーとか?
「ここでは……髪を濡らしてはいけないの」ナツミがようやく顔をあげ、私のほうを見ながら答えた。
「どういうこと?」

ナツミさんは、髪を濡らしてはいけない理由をすぐには教えてくれませんでしたが、のちにこんなふうに語ってくれます。

「ねえ、お風呂で髪を洗っているとき、だれかの視線を感じることない?」
「それはあるけど、もちろん、だれもいないよ。気のせいに決まってるわけだし」
「気のせいもあるけど、ほんとにいることもある」
背中から頭のうしろにかけて電流が走った。同時に、ひんやりとした風が吹いてきた気がした。いや、実際に吹いたのかも。まわりの枝や葉っぱががさがさと音を鳴らしたから。
「ちょ、ちょっと、やめてよ。私はホラー映画とか大好きだけど、それは怖いのが好きなんであって、つまり、怖がりってことで……」
「ごめん。ただ、理由を知ってほしいだけ」
「でも、お風呂にいたとして、それは幽霊でしょう? 天使じゃなくて」
「みんなが幽霊と思っているものが、〈テンシ〉なのよ」
「いや、それは変。天使だったら怖くないはず」
「〈テンシ〉は怖いんだって。だから、水がかかってびっくりしたんだって」

髪を洗っているときに現れる(ような気がする)幽霊というのは定番です。このとき出現する幽霊が、ナツミさんの話では「テンシ」だというわけです。

〈テンシ〉はどんな姿をしているの?

これについても郡上八幡のシーンから引用してみましょう。

「ここに祀られているのは〈テンシ〉と呼ばれるもの……」
「天使? ……あの羽の生えた?」
「羽は生えてない。白い服は着てるけど……」
「この街に天使がいるって、なかなかおもしろい組

民家と民家の間に白い影が現れたり隠れたりしているのが見えた。
白い布きれがふわふわ舞っているように思える。
布きれはひとつではなかった。
遠くのほうにも2〜3枚の布が動いている。
いや5〜6枚……ん? もっと?
きゃああああああああ。
女の悲鳴が頭に響く。
布きれは浴衣のように見えた。
風もないのにゆらゆら揺れている。これも祭の余興なの?
いや、浴衣じゃない。
人だ。
人が風になびいている。
え?
おかしい。そんなことあるはずが──。
きゃああああああああ。
悲鳴はあの人たちが発している──としか考えられなくなっていた。
いくつかの白い人影が私に近づいてきている。
道をまともに進んでくるものはなく、民家の壁や屋根を伝ってきていた。
どう見ても、人間のできる芸当ではない。

このように〈テンシ〉は白い布きれのように空中をふわふわ舞っている存在のようです。ひょっとしたら「あ、それなら見たことがある」という方もいるかもしれませんね。

ところが──。

それは布ではなかった。肉体を持っていた。
しっかりと存在感のある肉体を白い布が包んでいるのだった。
よく見ると、それは白髪の人間だった。
四つん這いの格好で壁に張りつき、ヤモリのように床のほうへゆっくりと動いている。
白くて長い髪が垂れさがり、顔を覆いかくしていた。
どん。
なにかが床に落ちた。
落ちたのは、私自身で、布団の上で尻餅をついていた。
白い人の両手が床にとどいた。そのまま両膝を床に置く。
私は這いずるようにして、壁際へ移動した。
白い人が顔をあげて、私を見た。
老婆だった。
醜い皺が顔に刻みこまれている。
その目は赤く光っていた。
いずれにしても、人間ではない。

このように〈テンシ〉は「白髪のお婆さん」の姿をしているようです。

あれ?

そうすると、上のイラストはなんなのでしょう? これは〈テンシ〉ではないのでしょうか?

マヨ先生とミライさんに聞いてみた

マヨとミライ

●〈テンシ〉を操る方法

──〈テンシ〉をよく知るマヨ先生とミライさんにお越しいただきました。

マヨ「いや……べつに私たちは専門家ってわけじゃ……」

──え? でもこんなシーンがありますよ。

「マヨ……あんただったのか……」ウララさんが困惑したような表情を見せた。「〈テンシ〉を操る女がいるって噂を聞いたが、それはタカコ氏のことだとずっと思っていた……よりによってマヨだったとは……」

マヨ「いや、小説でも言っているけど、これはウララさんの誤解で、〈テンシ〉を操るなんてムリ。そうだよね? ミライちゃん」

ミライ「はい。たしかに髪を濡らせば〈テンシ〉が出現する可能性は高いんですけど、100%確実ってわけじゃありません」

「あの……ちがうよ。誤解だからね」ナツミがなぜかあわてた口調で言う。
「ちがうって、なにが?」
「いや……あの、〈テンシ〉はえっちな気持ちになったから来るとは限らなくて、そんな気分じゃなくても現れることもあるし、そのへんのことはわかっていなくて……」

ミライ「ナツミさんの言うとおり、〈テンシ〉ってほんとに神出鬼没で、条件を満たしたからって現れるとは限らないんです」

──あの〜、ちょっと気になるんですけど、「えっちな気持ち」になると〈テンシ〉が出てくるんですか?

ミライ「そうですよ」

マヨ「そのへんのところはなかなか複雑でね。あんまり深入りしないほうがいいぞ」

──わ、わかりました。ミライさんの組織に消されてしまうかもしれませんからね。

ミライ「いや、そんな組織じゃないんですけど……」

●〈テンシ〉の本当の外見

──今回お聞きしたかったのは、〈テンシ〉の見た目についてです。小説では恐ろしい形相の老婆となっているのに、イラストでは美少女にしか見えません。これはどちらが正しいのですか?

マヨ「どっちも合ってるよ」

ミライ「つまり、ふつうはお婆さんの姿なんだけど、一定の条件を満たすと美女に見えるんです」

──これも条件があるんですか?

マヨ「まあ、簡単なのは、間近で見ることだね」

もうあとはどうでもいいやと、目をつむろうとした瞬間、気がついた。
〈テンシ〉は老婆ではなかった。
皺は消えていた。
それだけじゃない。
ふつうの人間と同じ、黒目と白目が現れている。
若い女の人だった。
──あなたはだれ?
透きとおるような白い肌をした美しい女性の顔が目の前にある。
肌とは対照的に妙に赤く染まった唇が、少しだけ開く。
その唇は私の唇を求めている──なぜかそう思えた。
女の目は私を見つめている。
瞳は輝いていた。
これほどまでに魅力的な目は見たことがない。
〈テンシ〉って、近くで見るとこんなに綺麗だったんだ。
香水のようなフルーティな匂いが鼻につく。
なぜだろう。
この人の顔に触れたい。
この人を抱きしめたい。
そんな衝動がどんどん高まってくる。
私は両腕を〈テンシ〉の背中にまわそうとした。
なぜ手が動かせる? 一瞬、その思いが頭をよぎったけど、すぐにどうでもよくなった。
私はこの人に愛されたい。
この人こそ、私をほんとうに愛してくれる人。
そして、私が愛すべき人──。

ミライ「……っていっても、〈テンシ〉にここまで近づくのって、とっても危険なことで、ふつうは真似しちゃダメです。マヨさんだからできることなんです」

マヨ「いや、わたしもケガの功名ってやつで、偶然なんだけどね。実際、このときもやばかった」

──「危険」っておっしゃいましたが、具体的にはどういう害があるんです?

マヨ「それもナツミが説明しているよ」

「一番気をつけてほしいのは、相手に肌をさわられないようにすること。このスーツを着ていれば大丈夫だけど、顔は出てるから」
「さわられたらどうなるの?」
一瞬、その場が凍りつく。もともと硬かったナツミの表情はさらに強張り、コユキさんから笑顔が消えた。
「〈テンシ〉に触れられると魂の抜け殻みたいなものになってしまう」ナツミが沈んだ声で答えた。
「つまり、死ぬってこと?」
「死なない」コユキさんが、これまで見せたことのないような真剣な眼差しで言う。「〈テンシ〉に攻撃されてもすぐには死なない。仮死状態というか、気絶するだけ」
「じゃあ、万が一、襲われても大丈夫ってこと?」
コユキさんは私の問いには答えず、ナツミの顔を厳しい表情で見た。
「いまは失敗することを考えないで」ナツミが語気を強めた。

──ここで出てくる「スーツ」というのが、今ミライさんが着ている……?

ミライ「はい。これが〈でもんず〉の衣装です。〈テンシ〉退治の必需品です」

──〈テンシ〉に肌をさわられると、魂の抜け殻になってしまう、とおっしゃっています。でもそれって「死ぬ」ってことでは?

マヨ「それがちがうんだなあ……でも、このへんもすごく込み入った話だし、そもそも「死とは何か」みたいな哲学テーマになってくるよ。だから、別の機会にしようよ」

●〈テンシ〉を倒す方法

──ミライさんは〈テンシ〉退治がお仕事ですが、どうやって倒すのでしょう?

ミライ「これもナツミさんの説明をどうぞ」

「うちの旅館に盛り塩があったのに気づいた?」しばらく黙ったあと、そう切りだした。
「うん……」
「あれは、〈テンシ〉が現れたときに退治するために使うの。だから、館のあちこちに置いてるんだけど……お母さんとお姉ちゃんは、逆に〈テンシ〉に来てほしいと思っているぐらいだから、盛り塩をしようとしない。おばあちゃんから言われたはずなのにね。わたしのやることを止めはしないけど……」

──なるほど。塩ですか。

ミライ「はい。じつは〈テンシ〉を追い払うのって簡単で、塩をぶつけるだけでいいんです」

マヨ「まあ、その場から追いやるのは簡単なんだけど、殲滅するのが難しい」

ミライ「そうですね」

──どうしてです?

マヨ「それもいろいろ事情があってだな……」

ミライ「そもそも、なぜ〈テンシ〉を倒さなければいけないのか? そこから考えないといけないんです」

──え? だって、〈テンシ〉ってオバケでしょ?

マヨ「上のイラストをもう一度見るんだ。なんか気づいてないみたいだからいちおう言っておくけど、このイラストの〈テンシ〉って、マヒルだからな」

──あ? そうか……つまり、こんないたいけな少女を……。

ミライ「おわかりいただけましたか?」

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